第15回「建築の日本の遺伝子」講演会

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ピラミッドに浮かぶ、過去と現在を見据える目

最後は、彫刻家の名和晃平さんが登壇。主なテーマは、2018年7月から約6ヶ月間、パリで開催されている展覧会「ジャポニスム2018:響きあう魂」の一環としてルーヴル美術館のピラミッドに展示された、彫刻作品「Throne」について。

「『Throne』は、2011年に東京都現代美術館で開催した個展『名和晃平ーシンセシス』で発表した作品です。瓦礫が積み重なった百済観音のような形をしており、中央に小さな男の子が座っている様子を玉座(Throne)に見立てました。当時は東日本大震災後、国内の美術館全体が自粛モードから再始動するタイミングで、新作としてどうしてもこの作品をつくりたいという思いがありました。自分の中でも異質な作品で、このタイミングでしか生み出せなかったと思います。さらに2017年にGINZA SIX内の銀座 蔦屋書店がオープンする際、カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長からお声がけいただき、『Throne(g/p_boy)』を制作しました。その直後、『ジャポニスム2018:響きあう魂』の指名コンペで巨大な『Throne』を提案したところ、ルーヴル美術館のピラミッド内に作品を展示する機会をいただきました」

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©Pyramide du Louvre, arch. I. M. Pei, musée du Louvre

「Throne」は、黄金に輝く高さ10.4メートルもの作品。1本の支柱のみで支えられたこのダイナミックな彫刻は、ガラスのピラミッドの中央に浮遊しているかのように見え、その圧倒的な存在感には誰もが驚かされます。

「ピラミッドという“強い空間”にどう挑むかを考えました。ルーヴル美術館は世界初の美術館で、建造物にも歴史があります。1989年にできたI. M. Pei氏設計のピラミッドは新しい時代を象徴するもので、地上から美術館へアクセスする、つまり現代と過去をつなぐプラットフォームとして機能しています。田根くんが言ったように、古墳やピラミッドはアイコン。ルーヴル美術館は、世界中の宝飾品をコレクションしていることの象徴としてピラミッドというアイコンを選んだわけです。そこに、玉座というテーマをぶつけたかった」

「Throne」の表面を覆う素材として金箔を採用したのは、王権を象徴する宝飾品や造形に金が使われてきたという文脈から、古代を思わせる佇まいを表現するため。またルーヴル美術館が世界屈指の金箔の工房を所有していることが大きな理由です。夜間にライトアップされると、ピラミッド壁面のガラスに反射した複数の「Throne」を見ることができます。

「『Throne』は2つの羽が生えてどこからか舞い降りてきたようにも見える正面性の高い彫刻ですが、実はダブルフェイスになっています。プラチナ箔の球は正面と裏側にあり、正面は現在と未来を、裏側は過去を見据えているかのようです。迫力のある全体に対し、中央には小さな椅子が設けられていますが、そこには誰も座っておらず『空位の玉座』となっています。玉座はピラミッド同様に権力や権威を表すものです。近い未来、加速度的に進化を遂げるコンピュータやAIといった新しい知性が、政治や経済に影響を与える絶大な力に置き換わるのではないか、という予感を表現しています。とはいえまだ黎明期なので、小さな存在として表現しました。機会があれば、ぜひ皆さんにご覧いただきたいと思います」

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世界から見た日本の建築の特徴とは?

3人がそれぞれのプレゼンテーションを終えると、モデレーターの南條さんが「お互いに聞いてみたいことは?」と問いかけ、セッションがスタート。まずは齋藤さんが「田根さんから見た日本の建築家の存在は?」と口火を切ります。齋藤さんは、日本は商業主義が強すぎて、建築家の役割が曖昧になってしまったと感じているそう。

「僕も齋藤さんと同じように感じています。建築は日々の生活で使われるものであり、特に災害の多い日本では人々の暮らしを守るもの。同時に、本来は文化や歴史を継承するものです。国が成長を目指した近代、土地をつくって売って、建築が量産されていく中、資産価値ばかりに目が行くようになり、建築がもっていた風土性や素晴らしさが忘れ去られてしまった。これは建築だけでなく、国や政治もそうですね」(田根さん)

フランスでは大統領が辞任する際、時代の文化を残す「グラン・プロジェ」という文化政策があることを例に挙げ、かつての日本には文化的な素養があったにもかかわらず、建設という産業があまりに強すぎるために、建築家が社会をつくることから切り離されていると田根さんは指摘します。逆に田根さんがふたりに問いかけたのは「なぜ日本の建築家が世界で活躍できるのか」という疑問。

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「月並みな回答ですが、ネジ1本も見えないような細やかなディテールを設計できることではないでしょうか。エルメスのスタッフたちは、日本人はひとつのブリーフに対して10のバリエーションをつくったり、ブリーフに書かれていないことを深読みして先回りしてつくったり、理解能力が高いと言っていました。ただし、プロセスが遅いとも言っていましたけど(笑)」(齋藤さん)

「アートの世界でも、日本人のディテールの細かさが評価されていますね。僕も参加した「深みへー日本の美意識を求めてー」展では、SANAAが手掛けた作品が、アクリル板を用いて作品やモニターが浮遊しているかのように見せつつ、配線を巧みに隠すなどの細やかな配慮がなされていて。構成と展示方法に新しさを感じました」(名和さん)

「妹島和世さんはミースよりもさらに透明な建築をつくって、安藤忠雄さんはコルビュジエよりも強いコンクリートの建築をつくって、隈研吾さんは木の建築を追求し続けて……。西洋にとっては『そこまでやるか』という驚きが、日本の建築にあるのでしょうね」(田根さん)

 

  • 南條 史生

    森美術館 館長
    慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金(1978-1986)等を経て2002年より森美術館副館長、2006年11月より現職。過去にヴェニス・ビエンナーレ日本館(1997)及び台北ビエンナーレ(1998)コミッショナー、ターナープライズ審査委員(ロンドン・1998)、横浜トリエンナーレ(2001)、シンガポール・ビエンナーレ(2006、2008) アーティスティックディレクター,茨城県北芸術2016総合ディレクター、ホノルル・ビエン ナーレ(2017)キュラトリアルディレクター等を歴任。近著に「疾走するアジア~現代美術の今を見る~」 (美術年鑑社、2010)、「アートを生きる」(角川書店、2012)がある。

  • 田根 剛

    建築家
    1979年東京生まれ。ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTSを設立、フランス・パリを拠点に活動。
    2006年にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、10年の歳月をかけて2016年秋に開館。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリス トに選ばれるなど国際的な注目を集める。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the
    Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016年)、『A House for Oiso』(2015年)、『とらやパリ』(2015年)、『LIGHT is TIME 』(2014年)など。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

  • 齋藤 精一

    クリエイティブ・ディレクター
    1975年神奈川生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNY で活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエティブとして活動し、2003年の越後妻有トリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。その後フリーランスのクリエイティブとして活躍後、2006年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数作り続けている。2009年 より国内外の広告賞にて多数受賞。
    現在、株式会社ライゾマティクス代表取締役、京都精華大 学デザイン学科非常勤講師。2013年D&AD Digital Design部門審査員、2014年カンヌ国際広告賞Branded Content and Entertainment部門審査員。2015年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター、六本木アートナイト2015にてメディアアートディレクター。グッドデザイン賞2015-2017審査員。2018年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博日本館クリエイティブアドバイザー。

  • 名和 晃平

    彫刻家 SANDWICH Inc.主宰 京都造形芸術大学教授
    1975年生まれ。京都を拠点に活動。2003年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。博士号収得。2009年、京都に創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」を立ち上げる。独自の「PixCell」という概念を軸に、様々な素材とテクノロジーを駆使し、彫刻の新たな可能性を拡げている。 近年は建築や舞台のプロジェクトにも取り組み、空間とアートを同時に生み出している。