第15回「建築の日本の遺伝子」講演会

2018年7月23日(月)、東京・六本木のアカデミーヒルズで開催された第15回「カルチャー・ヴィジョン・ミーティング」の様子をお届けします。今回は「建築の日本の遺伝子」をテーマとした、森美術館15周年記念展「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」との連動企画。森美術館館長の南條史生さんをモデレーターに、建築家の田根剛さん、クリエイティブ・ディレクターの齋藤精一さん、彫刻家の名和晃平さんがそれぞれ講演を行いました。

_MTA8534

場所の記憶を未来へとつなぐ

最初に登壇したのは、2006年に26歳という若さで「エストニア国立博物館」の国際コンペで最優秀賞を受賞した、建築家の田根剛さん。現在はパリに設計事務所を構えてグローバルに活躍する、今もっとも注目を集めている若手建築家のひとりです。

「近代建築では『新しい発想で、新しい未来をつくる』をマニフェストとして社会や時代をつくってきました。僕はそれとは違う考え方ができないかと模索してきて、『Archaeology of the Future(未来の記憶)』という言葉にたどり着いた。記憶は過去のものではなく、未来をつくるもの。考古学的に掘り下げて考えていくことが、未来へつながるのではないかと考えています」

_MTA8566

「エストニア国立博物館」は、コンペから10年を経た2016年、エストニア第二の都市・タルトゥにオープンしました。田根さんの提案は、同国がソビエト連邦に占領されていた時代から、1991年の独立後も手つかずのままだった軍用滑走路に着目したプラン。占領時代の「負の遺産」でもある軍用滑走路を、あえて未来へとつなぐキーとしたことで評価を受けました。

「滑走路の延長線上に全長350mのミュージアムをつくる提案を行いました。来場者を迎えるのは、ダイナミックな庇。奥へ進むにつれて屋根は緩やかに傾斜し、軍用滑走路へつながる。夜にはまるで光の塊のように見え、冬には巨大な建物が真っ白な雪原の風景のなかに消えていきます。Skypeの創設者が座っていたイスから氷河期に使っていた生活道具まで、現代から過去に遡っていく形式の常設展もユニークですが、パブリックスペースが多目的に使用できる空間になっていて、週末には民族の踊りや音楽などのイベントが行われている。ここが過去の遺産ではなく、生きたコレクションを展示する場所であることを体現しています」

2012年の新国立競技場国際コンペ案「古墳スタジアム」でも、記憶を未来へとつなぐアプローチがとられました。この案は最終選考まで残り、田根さんの知名度を一気に押し上げるきっかけに。

「古代日本がつくり出した社会システムの象徴である『古墳』を、オリンピックへつなぐ。出雲大社にも負けない高さ50メートルの階段を登ると、森の中から360度、東京の風景を眺められる。街なかに突然巨大なスタジアムができるのではなく、100年かけてできた明治神宮の森を継承する、山や森を作る提案です」

最後に紹介されたのは、田根さんが「Archaeology Research」と呼ぶ、考古学的なリサーチを経た2つのプラン。「A House for Oiso」は、3千年以上前から人が暮らした痕跡があった大磯で、縄文の竪穴式・弥生の高床式・中世の民家・江戸の町家・昭和の邸宅までをひとつにできないと考えた建築。そして、2ヶ月前に竣工した「Todoroki House in Valley」は、世界中の乾燥地帯と湿地帯の原始的な住居の特性をリサーチしたもの。「建築の日本展」でも展示された2つの作品を紹介して講演を締めくくりました。

_MTB6651

表現する側と、判断する側の間

続いて、齋藤さんの講演へ。主催するライゾマティクスは、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブ作品を数多く手がけています。近年の取り組みを通じて、現在感じていることをお話いただきました。

「2006年、ライゾマティクスは広告制作プロダクションとしてスタートしました。最初は、ほかでは食っていけないようなメディアアーティストが集まった会社。そこから徐々にプランニング、ディレクション、プロデュースなどを行うようになり、2012年からはクライアント側に入ってコンサルに携わるようになりました。その頃から、イベントを企画したときに法律で表現が制限されたことをあちこちで話していたら、『ぜひ話を聞かせてほしい』と、自治体や行政からも声がかかるようになったんです」

現在は、森美術館の理事、グッドデザイン賞の副委員長、ドバイ万博のクリエイティブアドバイザーなどを務めている齋藤さん。「つくる人」と「判断する人」の間をとりもち、表現者のベースをつくる。それが今の自分の役目だと言います。

「クリエイティブ側と、経済や安全・安心を重視するデベロッパー、国との間には乖離があります。ミラノ万博では、国側にクリエイティブを判断できる人がいなかったために判断が遅れてしまったことがありました。それをお話したところ、ドバイ万博では認定アドバイザーを設けることになり、ライゾマティクスが担当することに。もちろん、国側に立てば僕らは作品をつくれません。そのぶん、有望な若手を見つけて引き上げることが大切だと思っています」

_MTB6651

一方、自身のクリエイティブでは、「EMERGING」「NEW」「OLD」という3つのジャンルを横断したものづくりを意識していると言います。2018年7月にエルメスと国立新美術館により行われた、エキストラとアクターのいずれかを選ぶことができるユニークな展示「彼女と。」や、CVJと行っている新宿御苑の夜間活用調査など、多岐にわたる活動を紹介。

「『建築の日本展』で展示した『Power of Scale』は、イームズの映像作品『Power of Ten』からインスピレーションを受けたもので、僕はここにタイムマシーンをつくりたかった。今はCADがあるから、学生はものさしを使いません。そこで、身体感覚を得られるよう、日本建築の空間概念をリアルスケールで感じられる作品に。また、2018年春に国立新美術館で開催された『こいのぼりなう!』では、須藤玲子さん、アドリアン・ガルデールさんとともに、319匹ものこいのぼりが宙に浮かぶインスタレーションを行いました。全国の染織工場を回って布を制作する中、ライゾマティクスは染織技術がどう発展したかをフィルムに収めて。これは半分は僕の趣味のようなものですけどね(笑)」

ピラミッドに浮かぶ、過去と現在を見据える目

  • 南條 史生

    森美術館 館長
    慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金(1978-1986)等を経て2002年より森美術館副館長、2006年11月より現職。過去にヴェニス・ビエンナーレ日本館(1997)及び台北ビエンナーレ(1998)コミッショナー、ターナープライズ審査委員(ロンドン・1998)、横浜トリエンナーレ(2001)、シンガポール・ビエンナーレ(2006、2008) アーティスティックディレクター,茨城県北芸術2016総合ディレクター、ホノルル・ビエン ナーレ(2017)キュラトリアルディレクター等を歴任。近著に「疾走するアジア~現代美術の今を見る~」 (美術年鑑社、2010)、「アートを生きる」(角川書店、2012)がある。

  • 田根 剛

    建築家
    1979年東京生まれ。ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTSを設立、フランス・パリを拠点に活動。
    2006年にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、10年の歳月をかけて2016年秋に開館。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリス トに選ばれるなど国際的な注目を集める。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the
    Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016年)、『A House for Oiso』(2015年)、『とらやパリ』(2015年)、『LIGHT is TIME 』(2014年)など。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

  • 齋藤 精一

    クリエイティブ・ディレクター
    1975年神奈川生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNY で活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエティブとして活動し、2003年の越後妻有トリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。その後フリーランスのクリエイティブとして活躍後、2006年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数作り続けている。2009年 より国内外の広告賞にて多数受賞。
    現在、株式会社ライゾマティクス代表取締役、京都精華大 学デザイン学科非常勤講師。2013年D&AD Digital Design部門審査員、2014年カンヌ国際広告賞Branded Content and Entertainment部門審査員。2015年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター、六本木アートナイト2015にてメディアアートディレクター。グッドデザイン賞2015-2017審査員。2018年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博日本館クリエイティブアドバイザー。

  • 名和 晃平

    彫刻家 SANDWICH Inc.主宰 京都造形芸術大学教授
    1975年生まれ。京都を拠点に活動。2003年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。博士号収得。2009年、京都に創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」を立ち上げる。独自の「PixCell」という概念を軸に、様々な素材とテクノロジーを駆使し、彫刻の新たな可能性を拡げている。 近年は建築や舞台のプロジェクトにも取り組み、空間とアートを同時に生み出している。