第18回「ダイバーシティを加速させる/アート×ダイバーシティ」

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2019年7月9日(火)、渋谷ソラスタコンファレンスで開催された第18回カルチャー・ヴィジョン・ミーティング(CVM)。「ダイバーシティ」をテーマに、LeaR株式会社代表取締役でありクリエイティブディレクターでもある小橋賢児さん、アーティストとして活躍するかたわら東京藝術大学で准教授を務めるスプツニ子!さん、株式会社POOL代表取締役でクリエイティブディレクターの小西利行さんの3名が語り合いました。現代日本においてダイバーシティ(多様性)を推進するために、今、何が必要なのか。そのヒントを探ります。

ダイバーシティの欠如がもたらす“偏った世界”

まずは東京2020大会の公式文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」のクリエイティブディレクターを務める小橋賢児さんが、自己紹介がてらプレゼンテーションを行うことに。小橋さんはNHKの連続テレビ小説「ちゅらさん」や映画「スワロウテイル」などの出演作がある俳優であり、27歳で休業したのち、世界中を旅しながら映像制作やイベントの企画を始めたという経歴の持ち主。

「現在は『LeaR』という会社を運営しています。英語の『REAL』の『R』と『L』をひっくり返した名前の会社です。世の中にはさまざまなメディアがありますが、僕らは“体験メディア”を通して、人々の感覚をひっくり返すことで、その人本来の創造性や生き方を見出してもらいたいという思いを込めています」

たとえば、毎年9月にお台場で開催されるエレクトロニック・ダンス・ミュージックのイベント「ULTRA JAPAN」、未来型花火エンタテインメント「スターアイランド」など、さまざまなイベントを仕掛けてきた小橋さん。最近では「未来に残ることをやりたい」と、宇宙をイメージした屋内キッズテーマパーク「PuChu!(プチュウ)」をつくったそうです。

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「これからAIが発達すると、人には余白の時間ができてきます。その中でアートやエンターテインメントを鑑賞する時間が増えていくと考えると、『アートセンス』と『ハートセンス』が必要になってくると思うんです。物質文明の20世紀を経て、情報革命が起き、21世紀はいよいよ心の時代になるはず。だからこそ、『PuChu!』を通して、子どもたちに内なる創造性を育んでもらいたくて。大人になってから“自分探し”をする人は多いですが、子どもの頃からさまざまな世界に触れることで、本来の自分を知ることができたらと考えています」

ただし、そもそも日本文化には間や空気を敏感に感じ取るという側面や、周囲に自分を合わせようとする傾向があるため、「本来の自分」を見出したり、「他人」を認めたりすることは難しい状況にあると言います。その一方で、古くから「八百万の神」というように、さまざまな自然現象に神性を見出してきたことから、ダイバーシティの概念自体は日本人に馴染み深いはずだと小橋さん。

「本来的に、日本にダイバーシティという概念が備わっていると思うんです。だからこそ、日本が世界を向き、世界が日本を向く2020年というこのタイミングにきっかけづくりができたら、心の時代に日本から始まるダイバーシティが残せるのではないかと思っています」

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続いてのスプツニ子!さんのプレゼンテーションは、「ダイバーシティ」にまつわる日本の危機的な現状をストレートに問う内容でした。スプツニ子!さんの名を広く世に知らしめたのは、男性が月経を疑似体験する動画作品「生理マシーン、タカシの場合。」。この作品をつくった理由も、やはりダイバーシティの欠如を危惧する思いからだったそう。

日本人の父とイギリス人の母の間に生まれ、ハーフであることをからかわれたり、数学やプログラミングが好きだと言えば「なぜ女の子なのにやっているの?」と不思議がられるなど、日本に差別意識が根強く残っていると実感したスプツニ子!さんは、「私は“歩くダイバーシティ”(笑)」と言います。日本を離れてロンドンの大学に進学しますが、入ったコンピュータ・サイエンスのクラスは、ほとんどエリート校出身の白人男性ばかりでした。

「こういうふうにテクノロジーの開発側の視点が偏ると何が起こるかと考え始めたんです。そしていろいろとリサーチする中で、衝撃的な事実を知りました。これだけテクノロジーが発達しているのに、なぜ女性は月経で苦しまないといけないのかと思っていたのですが、実はすでに避妊用ピルで生理をコントロールできるようになっていたんですね。ところが、日本で避妊用ピルが認可されたのは、なんとアメリカの34年後。バイアグラが出てきたときはたった半年で承認されたのに、ですよ。議会のおじさんたちがいかにバイアグラを使いたかったかがわかりますが(笑)、女性の身体や健康のあり方を、本人ではない別の人たちが決めてきていることに気づきました。これはさまざまなマイノリティに関することも同じで、開発者側に男性や白人が多く、多様な視点が足りないから起こることなんです」

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さらに、アメリカと日本、両方で教鞭をとった経験を通して、ダイバーシティの欠如がいかに能力の低下に直結しているかを実感したと言います。というのも、課題やゴールがひとつだけなら同質性の高いコミュニティは力を発揮できますが、現代のように課題やゴールを常に発見する必要がある状況では、同質性の高さは進化の足かせになってしまうから。このままでは日本は取り残されるというのが、スプツニ子!さんの考え。

「アメリカやヨーロッパの学生は、自分の考えがあったうえで、意見が異なる人と議論して、解決策を見出していくことに慣れています。ところが日本の学生には『正解はひとつで、みんな同じ』という雰囲気があって、自分の考えをつくろうとする意識がすごく低いんです。今、日本では『ダイバーシティ』をチャリティかなにかのように捉えている人が多いと思いますが、ダイバーシティがないことがどれほどやばいことなのか、今日は警告をしようと思って来ました(笑)」

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アートが、価値観の多様性に気づかせてくれる

小橋さん、スプツニ子!さんの話を受けて、最後にプレゼンテーションを行ったのは小西さん。コピーライターを経て、現在はコミュニケーションデザインを主に手掛けている小西さんならではの「ダイバーシティ」の考えを語りました。

「ダイバーシティという言葉を翻訳すると『多様性』になりますが、なにか違う気がするんですよね。『多様性が重要な時代です』と言われたら、みんな『そうだ、そうだ』と言うんですが、実質的に行動が伴っていないということは、結局、言葉に納得感がなかったり、どう動けばいいのかわからなくなっているということだと思うんです」

小西さんいわく、コミュニケーションデザインとは「みんながそこに向かうビジョンをつくる」こと。現在は、まだダイバーシティというテーマがビジョンとして提示しきれていないのではないかと感じているそう。

「そもそも飲み屋のおっさんはダイバーシティをよく知らないでしょうし、居酒屋で語られるときは、『ウチもダイバーシティなんてことを考えなきゃいけなくなってさぁ』なんて、ネガティブなこととして捉えられている。この状況は決定的に危険だと思うんです。それが言葉なのか、アートなのか、あるいはイベントなのかわかりませんが、ダイバーシティを象徴する何かがあって『それってやっぱりいいよね』とならなければ、本当には浸透しないのかなと思ったりしますね」

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そして小西さんは、ふたりの話を聞きながら、「ダイバーシティは純粋に『いいこと』なのに、なぜ現実にはそう受け止められていないのか」という疑問を抱いたと言います。それに対し小橋さんが語ったのが、自身がアメリカに語学留学したときのエピソード。小橋さんはニューヨーカーのさまざまな生き方を目にして、自分にはアイデンティティがないことに気づいたそう。

「そもそも、誰もがマイノリティなんです。さまざまなマイノリティに囲まれると、自分自身もマイノリティだと気づくのですが、日本はまだ『マジョリティに対するマイノリティ』という捉え方が根強い。だからダイバーシティの感覚が掴みづらくなっているのかなと思います。また、本来、子どもには内なる『want to』があるのに、大人になるとそれが『have to』になって、自分自身にリミッターをかけることになってしまう。アートでもなんでも、体験を通してリミッターが外れたときに、ダイバーシティの気づきが生まれてくるのではないかと思いますね。とくに東京2020大会が開催される来年は、東京に集まるいろんな人や文化を体験することで、その芽が少しずつ開いてくるんじゃないか。そんな、かすかな希望を持っています」

スプツニ子!さんは、アジア的な「同質性の高い社会」と、欧米的な「多様性の高い社会」に世界が分断する可能性にも言及しながら、ダイバーシティを育むためにはアートが欠かせないと言います。

「とくに先進国では、お金と権力というシンプルな軸で成功度を測りがちです。その点でアートが素晴らしいのは、評価軸がすごくあいまいで正解がないこと。だから、アートに触れていると、お金と権力という価値観だけに惑わされず、自分の軸で物事を考えられるようになると思うんです。そういう意味で、アートは人生にダイバーシティをもたらしてくれると思っています」

「相手の立場に立つ」ことが世の中を変える力になる

  • 小橋 賢児

    LeaR株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター
    1979年東京都生まれ。88年に俳優としてデビューし、NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』など数多くの人気ドラマに出演。2007年に芸能活動を休止。世界中を旅しながらインスパイアを受け映画やイベント製作を始める。12年、長編映画「DON'T STOP!」で映画監督デビュー。同映画がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティアワードとSKIPシティDシネマプロジェクトをW受賞。また『ULTRA JAPAN』のクリエイティブディレクターや『STAR ISLAND』の総合プロデューサーを歴任。『STAR ISLAND』はシンガポール政府観光局後援のもと、シンガポールの国を代表するカウントダウンイベントとなった。
    また、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会主催の東京2020 NIPPONフェスティバルのクリエイティブディレクターにも就任したり、キッズパークPuChuをプロデュースするなど世界規模のイベントや都市開発などの企画運営にも携わる。

  • スプツニ子!

    1985年東京都生まれ。東京藝術大学デザイン科准教授。
    ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年から4年間、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。RCA在学中より、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。最近の主な展覧会に,「Cooper Hewitt デザイントリエンナーレ」(クーパーヒューイット、アメリカ)、「Broken Nature」(ミラノトリエンナーレ2019,イタリア)など。
    VOGUE JAPAN ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013受賞。2016年 第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」受賞。2017年 世界経済フォーラムの選ぶ若手リーダー代表「ヤング・グローバル・リーダー」、2019年TEDフェローに選出。著書に『はみだす力』。共著に『ネットで進化する人類』(伊藤穣一監修)など。
    Photo by Mami Arai

  • 小西 利行

    POOL inc./ファウンダー/コピーライター/クリエイティブ・ディレクター
    CM制作から企業ブランディング、商品開発、ホテルプロデュース、都市開発までを手がける。
    主な仕事に「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」、PlayStation4のCM制作、ラーメン店「一風堂」の海外ブランディングなどがある。さらに「プレミアムフライデー」「GO! CASHLESS 2020」「食かけるプロジェクト」など国家レベルのプロジェクも推進。2020年のドバイ国際博覧会日本館クリエイティブ・アドバイザーに就任した。また、日本最大のショッピングセンター「イオンレイクタウン」や京都「THE THOUSAND KYOTO」、立川の「GREEN SPRINGS」など都市開発のトータルクリエイションも行う。『伝わっているか?』(宣伝会議)『すごいメモ。』(かんき出版)を上梓。
    Photo by NORIAKI MIWA