第12回 第1部「2020のその先へ——五輪後の日本とその資源」講演会
世界を移動する人の数は、実にこの50年で10倍以上に膨れ上がっており、2030年には、世界人口の4分の1にあたる18〜20億人が移動するようになると言われています。そして現在約2000万人という訪日外国人の数は、オリンピックの2020年には倍の4000万人に達するという見通しです。
すでに観光資源が揃っている日本
「今、幸せの形が『定住』から『遊動』に移り変わろうとしています。この先、日本は人口減少の一途を辿りますが、近い将来、“短期移民”としてとらえることのできる“旅行者”が爆発的に増えることもまた、目に見えている現実です。その人たちをどう受け入れるかが非常に重要です。伝統文化や風土を未来資源と考え、それらを活用していかなる価値を生み出すか。そして日本の国土をどう生かして、新しい移動インフラや地域を長期的に活性させるか。そういう意味では、テクノロジーと美意識を本気で融合させていかないといけません」
日本には観光資源の4大要素「気候」「風土」「文化」「食」、すべてがハイレベルに揃っていると原さん。変化に富んだ四季があり、各地で温泉が湧き出し、奥深い文化があり、世界中が注目する和食があり……。
「これらの資源をいかに磨き直して高度に編集していくかで、非常に高い価値を世界にプレゼンテーションできるはずです。実際に、現代美術作家の村上隆さんや杉本博司さんは、サブカルチャーやハイカルチャーをベースに世界中の富裕層が「欲しい」と感じる価値を生み出している。この姿勢は僕らも見習っていかなければいけないと思います」
オリンピックを契機に、日本の実力を再編集していく
最後に原さんが話してくれたのは、日本の半島の先端を空路で結ぶ「半島航空」というユニークなアイデア。
「海難救助艇の水陸両用飛行機を民間で旅客機として利用し、半島の先端を結んで行く空路を想像してみてください。ひなびた漁港が空港になるわけです。かつて海路の時代に文化のアンテナとして栄えた半島は、現在ではもっとも行きづらい場所になっている。だからこそ、手つかずの素晴らしい自然に囲まれている。そういうところに、日本が世界に誇る建築家の仕事、素晴らしいホスピタリティ、高度な食の世界などを構想してみるとどうでしょうか。そこから新しい観光のビジョンが生まれるかもしれないと思っています」
実際に、原さんは羽田空港で有料ラウンジのディレクションを担当したことで、空港が文化のショーケースとして機能していく可能性を実感したそう。
「空港は、飛行機が発着する場所以上の価値を持っています。オリンピックをひとつのきっかけとして、今後ますます多くの人々が行き交います。こういう場所に、日本の実力を再編集して展開していく時代なのではないでしょうか。デザインやクリエイションというものは、まさにそういうところで力を発揮するものなのです。私自身、今後もその機会を楽しみにしたいと思います」
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原 研哉
デザイナー。1958年生まれ。デザインを社会に蓄えられた普遍的な知恵ととらえ、コミュニケーションを基軸とした多様なデザイン計画の立案と実践を行っている。日本デザインセンター代表。武蔵野美術大学教授。
2002年に無印良品アートディレクション、2004年には長野オリンピックの開・閉会式プログラム、2010年には未来産業の新たなプラットフォームの構築を目指す「HOUSE VISION」の活動を開始。
その他、らくらくスマートフォン、代官山蔦屋書店、GINZA SIXのVIなど活動の領域は多岐。2015年に外務省「JAPAN HOUSE」の総合プロデューサーに就任。
写真:Yoshiaki Tsutsui