第10回 第2部「芸術祭総合ディレクター4名による座談会」

芸術祭ディレクター4名の座談会はまだまだ続きます。今年で第3回の開催となる「瀬戸内国際芸術祭」に加え、「岡山芸術交流」や「さいたまトリエンナーレ」「茨城県北芸術祭」は今年初開催。場所や規模、方法論もさまざまに拡大しつつある日本の「芸術祭」には、どのような課題があるのでしょうか?

06

地域に根ざした伝統的な文化は、国際的にアピールできるコンテンツでもある。

南條さんが語った「芸術祭の最終目的は、地域の人がクリエイティブになること」ということを、北川さんは瀬戸内国際芸術祭の現場で実感していると言います。開催場所の島々では、多くの島民が瀬戸内で採れる海産物・柑橘類を使った今までにない地産地消の食事メニューを来場者に提供しているのだそうです。

「日本はいまだに欧米一辺倒であり、中央に偏った都市の文化が中心です。そこから切り離されている地域がどういうふうに文化的な活動で誇りを持つかということに、僕は非常に興味を持っています。それぞれの土地に根ざした伝統的なもの、瀬戸内国際芸術祭でいえば獅子舞や盆栽、地元の料理などが圧倒的に魅力的。この日本列島で必死に生活してきた人たちの中で生まれた文化は、世界にアピールできる強いコンテンツでもあるんです。そして、この春の開催では、中国、台湾、香港、韓国からたくさんの人たちが来てサポーターになってくれました。これは、ものづくりのプロセスにおいて、インターナショナルな共存性というものをみんなが求めていることの表れ。中央と地方、日本と外国という枠組みを超えたフェイス・トゥ・フェイスのつながりに、大きな可能性を感じますね」

07_MG_9477

最先端のアートに触れることで、人が変わり、街が変わっていく。

ここでモデレーターの岩渕さんから、多くの人が疑問に感じているであろうこととして、「作品を発表するアーティストを決める評価の基準は何なのでしょうか?」という問題提起が投げかけられました。北川さんは、公募を行ったうえでキュレーターの視点で選ぶべきだという考え。一方、「岡山芸術交流」では、世界的に評価の高いアーティスト、リアム・ギリックさんをアーティスティックディレクターに迎えています。総合ディレクターを務める那須さんは、次のように話しました。

「僕は、日本でヴェネツィア・ビエンナーレのような規模とクオリティのある国際美術展が存在できるのかということをずっと考えています。日本では、一般の方に理解してもらえるようにアートがパブリックに寄っていく動きがあって、その結果エンターテインメント化することに対して、危惧を覚えていたんです。だからこそ、『岡山芸術交流』では、最初からすごくハードエッジにやろうと思いました。人間は理解できないものへの抵抗感や恐怖感をもっていますから、きっと『現代美術って何?』『意味がわからない』と、市民から反発を受けることもあると思うんです。これがアートをどうやって受け入れていくかということを考えるきっかけになり、長期的なスパンで、見た人の心に変化を起こすはず。だからこそ、最先端の現代美術作品を見てもらうのが一番いいと思っています。そういうふうに高いクオリティの国際展を継続していくことで、人が変わり、街が変わっていくというようなことになるといい」

08_MG_9545

キュレーションの醍醐味は、定義を書き換えるような新しい作品を届けること。

芸術祭の成功は来場者数や経済効果だけでは計れない、アートに触れることは精神の基礎体力を養うこと、感動や刺激という目に映らない成果に向けてみんなが参加するのが芸術祭……。登壇者それぞれが意見を述べていく中、最後のトピックとして語り合ったのが、新しい分野の作品がどんどん出てきている現代における、アートの定義について。「100年先の未来を見据えて、今の最先端のアートを紹介していくのがキュレーターの仕事のひとつ」と語るのは南條さん。

「近代以降のアートの歴史は、ほとんど『定義の書き換え』。アートではないと思われていたものが後にアートになっていく。たとえば印象派が出てきたときは誰も理解できなかったけれど、100年後に日本人が見て『これは素敵ね』なんて言えるわけです。だから現代においても、新しいジャンルの作品を理解できないのは当たり前のこと。パフォーマンスアートだって、コンセプチュアルアートだって、出てきたときは批判されました。キュレーターとしては、そういうものをやっぱり見せたいんです。そして北川さんもおっしゃっていたように公募も重要。オープンにして、わからないけれどここには何かある! と思うものを入れていくのもキュレーションの醍醐味なんですよね。そうすることで、芸術祭自体の膨らみが出てくるんだと思います」

1時間にわたった座談会はここまで。最後に、岩渕さんが聞き手として感じた率直な感想と問いかけで、座談会は締めくくられました。

「みなさんそれぞれが違った視点を持ちつつも、根底の部分でつながっていると感じました。アートとは何か、観客との関係性とは、といった問題意識とともに、日本のアートシーンにおける新しい状況が生まれてきていることを共有できたと思います。開催される地域とディレクターの強い個性が掛け合わされた、特徴のある国際芸術祭が日本各地で生まれています。みなさんも、ぜひ足を運んで最先端のアートを体験してみてください」

.


.

《information》

● 瀬戸内国際芸術祭
瀬戸内海の島々を舞台に、3年に一度開催される現代アートの祭典。2016年に開催された第3回は、計108日間の会期中、104万50人が訪れた。次回開催は2019年を予定。
・会場:高松港周辺、直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島、本島、高見島、粟島、伊吹島、宇野港周辺
・主催:瀬戸内国際芸術祭実行委員会
・総合ディレクター:北川フラムさん

岡山芸術交流
2016年10月9日~11月27日に岡山市で第1回が開催された。岡山城周辺の徒歩15分圏内にある文化施設8会場と、市内各所での屋外展示で構成され、計23万4136人を動員。次回開催時期は2019年を予定。
・会場:岡山県岡山市内各所
・主催:岡山芸術交流実行委員会
・総合ディレクター:那須太郎さん

さいたまトリエンナーレ
埼玉県さいたま市で開催されるトリエンナーレ形式のアートイベント。2016年9月24日~12月11日の79日間にわたって初開催され、主要6会場に計36万1127人を動員。次回開催時期は未定。
・会場:埼玉県さいたま市の与野本町駅~大宮駅周辺、武蔵浦和駅~中浦和駅周辺、岩槻駅周辺
・主催:さいたまトリエンナーレ実行委員会
・ディレクター:芹沢高志さん

茨城県北芸術祭
「海か、山か、芸術か?」をテーマに、2016年に初開催。期間は9月17日~11月20日の65日間、東京23区の2.6倍の広さのエリアに約100点の作品を展示し、計77万6000人が訪れた。次回開催時期は未定。
・会場:茨城県北地域6市町(日立市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、常陸大宮市、大子町)
・主催:茨城県北芸術祭実行委員会
・総合ディレクター:南條史生さん

  • 北川 フラム

    瀬戸内国際芸術祭2016総合ディレクター/1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京芸術大学卒業。主なプロデュースとして、「アントニオ・ガウディ展」(1978¬‐1979)、「子どものための版画展」(1980¬‐1982)、「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988-¬1990)等。 地域づくりの実践として、「ファーレ立川アート計画」(1994/日本都市計画学会計画設計賞他受賞)、2000年にスタートした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(第7回オーライ!ニッポン大賞グランプリ〔内閣総理大臣賞〕他受賞)、「水都大阪」(2009)、「にいがた水と土の芸術祭2009」「瀬戸内国際芸術祭2010、2013、2016」(海洋立国推進功労者表彰受賞)等。 長年の文化活動により、2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、2007年度国際交流奨励賞・文化芸術交流賞受賞。2010年香川県文化功労賞受賞。 2012年オーストラリア名誉勲章・オフィサー受賞。 「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクター。/Photo:Junya Ikeda

  • 芹沢 高志

    さいたまトリエンナーレ2016ディレクター/1951年東京生まれ。神戸大学理学部数学科、横浜国立大学工学部建築学科卒業。(株)リジオナル・プランニング・チームで生態学的土地利用計画の研究に従事。その後、東長寺の新伽藍建設計画に参加したことから、1989年にP3 art and environmentを開設。1999年までは東長寺境内地下の講堂をベースに、その後は場所を特定せずに、さまざまなアート、環境関係のプロジェクトを展開。2014年より東長寺対面のビルにプロジェクトスペースを新設。帯広競馬場で開かれた『とかち国際現代アート展デメーテル』の総合ディレクター(2002年)、『アサヒ・アート・フェスティバル』事務局長(2003年~)。『横浜トリエンナーレ2005』キュレーター。『別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」』総合ディレクター(2009年、2012年、2015年)などを務める。2014年『さいたまトリエンナーレ2016』のディレクターに就任。

  • 那須 太郎

    岡山芸術交流2016 総合ディレクター/1966年、岡山県生まれ。早稲田大学商学部卒業。天満屋美術部勤務を経て、1998年東京都江東区に現代美術画廊TARO NASUを開廊。2008年に千代田区へ移転、現在に至る。著名な現代美術作家の展覧会を通じて美術の普及に務める。国内外の美術館等の公共機関との協働多数。2016年秋開催の「岡山芸術交流」の前身となる、「Imagineering OKAYAMA ART PROJECT」(2014年)ではアートアドバイザリーを務めた。/Photo : Takashi Homma

  • 南條 史生

    茨城県北芸術祭 総合ディレクター/1949年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。森美術館館長。国際交流基金、ICA ナゴヤ・ディレクター、森美術館副館長等を経て2006年11月より現職。これまでの主な国際展経験として、第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館コミッショナー(1997年)、台北ビエンナーレコミッショナー(1998年)、ターナー・プライズ審査委員(1998年)、第3 回アジアーパシフィック・トリエンナーレ(オーストラリア)コ・キュレーター、シドニー・ビエンナーレ国際選考委員(2000年)、ハノーバー国際博覧会日本館展示専門家(2000年)、横浜トリエンナーレ2001アーティスティック・ディレクター(2001年)、サンパウロ・ビエンナーレ東京部門キュレーター(2002年)、第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞審査委員(2005年)、第1回シンガポール・ビエンナーレ アーティスティック・ディレクター(2006年・2008年)等。現在、茨城県北芸術祭(2016年)、ホノルル・ビエンナーレ(2017年)の準備中。その他国内外のパブリックアート計画、コーポレートアート計画のディレクション実績がある。

  • 岩渕 貞哉〈モデレーター〉

    美術出版『美術手帖』編集長/1975年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。2002年から『美術手帖』編集部に在籍、2008年より現職。2015年に立ち上げた、『美術手帖 国際版』およびアートニュースサイト「bitecho[ビテチョー]」の編集長も務める。