第10回 第2部「芸術祭総合ディレクター4名による座談会」

カルチャー・ヴィジョン・ミーティング第10回第2部は、各地で開催される芸術祭のディレクターたちによる座談会。雑誌『美術手帖』編集長の岩渕貞哉さん(写真右端)をモデレーターに、それぞれの芸術祭が目指すもの、日本のアートシーンが抱える問題、アートの本来あるべき姿などについて、活発な意見交換が行われました。登壇者は、(写真左から)「瀬戸内国際芸術祭」や「越後妻有アートトリエンナーレ」の総合ディレクター・北川フラムさん、「岡山芸術交流」総合ディレクター・那須太郎さん、「さいたまトリエンナーレ」などのディレクター・芹沢高志さん、「茨城県北芸術祭」の総合ディレクター・南條史生さんの4名。その様子をお届けします。

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人種、国境を超えて、人々が文化的に交流していく場をつくっていく。

今年は、日本で国際的な芸術祭が5つも開催される記念すべき年。日本の地方を舞台に繰り広げられるこれらの芸術祭は、それぞれにグローバルな側面を持ち合わせ、大きな可能性を秘めています。そのうち4つの芸術祭のディレクターが集合した座談会は、イギリスがEUから離脱することを国民投票で決めた日(2016624日)に行われました。そのため、最初に岩渕さんが問いかけたのは、その影響について。まず口火を切ったのは、北川さん。

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「この春開催した瀬戸内国際芸術祭で、外国人来場者数は全体の2割以上。日本語で回答してもらったアンケートの数をもとにしているので、もしかしたら実際はもっと多いかもしれません。日本の芸術祭は、それだけ国際化が進んでいます。おそらく、イギリス国民がEUからの離脱を選んだということは、グローバル経済がうまくいっていないと感じている人が多いということではないでしょうか。イギリスだけでなく、世界的にグローバル経済に対する疑問がものすごく大きくなりつつあって、もっと根底的な、文化の側面から世界の枠組みを組み立て直さないといけないという警笛でもあると思います。今後、ますますグローバルな規模での文化的なつながりが重要になってくるでしょう。瀬戸内国際芸術祭もそういった負荷に耐えうる準備をしているかどうかが問われています。今後の展開が楽しみな反面、相当厳しい状況になるだろうなという覚悟もしています」

社会構造が世界のあちらこちらで揺らぎ始めている今、オリンピックや国際芸術祭など、グローバルなイベントが果たしうる役割は計り知れないというのが北川さんの考え。一方、「各国からアーティストを呼んできただけでは、国際芸術祭とは言えない」と語るのは、さいたま市誕生15年の節目に初開催される「さいたまトリエンナーレ」総合ディレクターの芹沢さん。

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「国際芸術祭と銘打っているからには、人種、国境を超えていろんな人たちが交流していく場をつくる外向きの姿勢が必要です。にもかかわらず、多くの地方自治体は基本的に内向きで、まずは自分たちのことを考えている。もちろん税金を使うのだから、間違いではありません。ただ、お金の出どころからいろんなことを言われると、どんどん感性が内向きになっていってしまう。私は、そういったイマジネーションの減退を危惧しているんです。他者をおもんばかる想像力がどんどん縮小していってしまっては、グローバルな芸術祭とは言えません。このせめぎ合いをどういうバランスを取って克服していくのかという問題は、地方自治体が主宰する国際芸術祭に共通しているのではないでしょうか」

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芸術祭の最終目的は、地域に生きる人々がクリエイティブになること。

ここからは、『地域アート――美学/制度/日本』(堀之内出版)の話題に。この書籍は文芸評論家の藤田直也さんが文芸誌『すばる』に発表した原稿をまとめて2016年に発行したもので、今の日本の芸術祭の質や問題点に鋭く切り込んだ一冊。初開催となる「茨城県北芸術祭」を取り仕切る南條さんは、「全部は読んでいないけれど」と断りを入れつつ、自身の考えを語りました。

「以前、『アルス・エレクトロニカ』のディレクターに会ったときにもこの本の話題になりました。本の中では芸術祭でのアバンギャルド・アートがゾンビのようになっていると書かれています。アバンギャルド・アートには歴史があるけれども、それと似たようなものを日本でコミュニティ向けにやってもまったく理解されないということなのだと思うのですが、ディレクターの彼はそれに対し『いや、欧米型のアートのほうがゾンビだ』と言ったんです。欧米型のアートの概念自体がもう終わっているのだと。実は日本の芸術祭をはじめとするアート系イベントというのは、裏返してみるときわめて面白い日本型アートシーン。だから、どちらかを簡単に否定することを僕はしたくない」

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「ただ僕自身は、芸術祭を何のためにやるのか、ということは常に考えています。今、地域は人口が減少し、経済的にも落ち込んで非常に疲弊している。そこで芸術祭をやるのだとしたら、最終目的は、地域に生きている人たちがクリエイティブになることしかない。クリエイティブになるということは、新しくいろんなことを考えられるようになること。そのためにアートでインスピレーションを与え、こんなやり方もあるよということを提案していく。それを繰り返していけば、みんなが精神的に豊かになるし、経済的にも新しい展開が起こるかもしれないんです」

芸術祭ディレクターたちが語る「アートの定義」と「キュレーションの醍醐味」

  • 北川 フラム

    瀬戸内国際芸術祭2016総合ディレクター/1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京芸術大学卒業。主なプロデュースとして、「アントニオ・ガウディ展」(1978¬‐1979)、「子どものための版画展」(1980¬‐1982)、「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988-¬1990)等。 地域づくりの実践として、「ファーレ立川アート計画」(1994/日本都市計画学会計画設計賞他受賞)、2000年にスタートした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(第7回オーライ!ニッポン大賞グランプリ〔内閣総理大臣賞〕他受賞)、「水都大阪」(2009)、「にいがた水と土の芸術祭2009」「瀬戸内国際芸術祭2010、2013、2016」(海洋立国推進功労者表彰受賞)等。 長年の文化活動により、2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、2007年度国際交流奨励賞・文化芸術交流賞受賞。2010年香川県文化功労賞受賞。 2012年オーストラリア名誉勲章・オフィサー受賞。 「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクター。/Photo:Junya Ikeda

  • 芹沢 高志

    さいたまトリエンナーレ2016ディレクター/1951年東京生まれ。神戸大学理学部数学科、横浜国立大学工学部建築学科卒業。(株)リジオナル・プランニング・チームで生態学的土地利用計画の研究に従事。その後、東長寺の新伽藍建設計画に参加したことから、1989年にP3 art and environmentを開設。1999年までは東長寺境内地下の講堂をベースに、その後は場所を特定せずに、さまざまなアート、環境関係のプロジェクトを展開。2014年より東長寺対面のビルにプロジェクトスペースを新設。帯広競馬場で開かれた『とかち国際現代アート展デメーテル』の総合ディレクター(2002年)、『アサヒ・アート・フェスティバル』事務局長(2003年~)。『横浜トリエンナーレ2005』キュレーター。『別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」』総合ディレクター(2009年、2012年、2015年)などを務める。2014年『さいたまトリエンナーレ2016』のディレクターに就任。

  • 那須 太郎

    岡山芸術交流2016 総合ディレクター/1966年、岡山県生まれ。早稲田大学商学部卒業。天満屋美術部勤務を経て、1998年東京都江東区に現代美術画廊TARO NASUを開廊。2008年に千代田区へ移転、現在に至る。著名な現代美術作家の展覧会を通じて美術の普及に務める。国内外の美術館等の公共機関との協働多数。2016年秋開催の「岡山芸術交流」の前身となる、「Imagineering OKAYAMA ART PROJECT」(2014年)ではアートアドバイザリーを務めた。/Photo : Takashi Homma

  • 南條 史生

    茨城県北芸術祭 総合ディレクター/1949年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。森美術館館長。国際交流基金、ICA ナゴヤ・ディレクター、森美術館副館長等を経て2006年11月より現職。これまでの主な国際展経験として、第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館コミッショナー(1997年)、台北ビエンナーレコミッショナー(1998年)、ターナー・プライズ審査委員(1998年)、第3 回アジアーパシフィック・トリエンナーレ(オーストラリア)コ・キュレーター、シドニー・ビエンナーレ国際選考委員(2000年)、ハノーバー国際博覧会日本館展示専門家(2000年)、横浜トリエンナーレ2001アーティスティック・ディレクター(2001年)、サンパウロ・ビエンナーレ東京部門キュレーター(2002年)、第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞審査委員(2005年)、第1回シンガポール・ビエンナーレ アーティスティック・ディレクター(2006年・2008年)等。現在、茨城県北芸術祭(2016年)、ホノルル・ビエンナーレ(2017年)の準備中。その他国内外のパブリックアート計画、コーポレートアート計画のディレクション実績がある。

  • 岩渕 貞哉〈モデレーター〉

    美術出版『美術手帖』編集長/1975年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。2002年から『美術手帖』編集部に在籍、2008年より現職。2015年に立ち上げた、『美術手帖 国際版』およびアートニュースサイト「bitecho[ビテチョー]」の編集長も務める。