第9回「東京祝祭都市構想」講演会

2015年11月21日(土)、港区の虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された「カルチャー・ヴィジョン・ミーティング」。第9回は、建築家の磯崎新さんと妹島和世さん、彫刻家の名和晃平さんをお招きして開催。テーマは、2020年、東京の皇居前広場で100日間にわたって行われる祭典のプラン「東京祝祭都市構想」です。コーディネーターを務めたのは、批評家で京都造形芸術大学教授の浅田彰さん。この巨大なアイデアへの、3名それぞれの視点とは。

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首都の中心には、「祝祭」のための広場がある。

講演のテーマ「東京祝祭都市構想」とは、2020年に皇居前広場で100日間にわたって祭典を行うというアイデア。「プラットフォーム2020」として多数のクリエイターが参加することが想定されています。磯崎さんが中心となって発案、妹島さんが広場のアイデアを、名和さんが装置のアイデアを担当。この構想は2020年東京オリンピック・パラリンピック開催のタイミングに合わせたもので、磯崎さんは「もちろんオリンピックと関連しているのはいいことですが、オリンピックよりもこちらのほうがより重要。私たちはそれ以上のことをやろうとしているんです」と話しはじめました。

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「私は建築家の丹下健三さんのもとで大阪万国博覧会の計画に携わるなど、さまざまな都市計画のお手伝いをしてきました。そういう意味で、都市を建築的に、あるいは文明論的に見ることを考えてきたひとりです。その中で、東京や北京などの『首都』は、そのほかの都市とは違う条件があることに気づきました。首都とは、近代国家が出来上がったときに、国の中心になる何かを置く場所です。たとえばパリの場合、凱旋門と向かい合うようにコンコルド広場があり、広場の後ろにルーブル宮殿があります。その両翼に国民議会とマドレーヌ寺院がある。パリの中心部に、非常に明快な構造があるんです」

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凱旋門を「記念物」、国民議会を「議事堂」、ルーブル宮殿(とチュイルリー庭園)を「禁園」、コンコルド広場を「祝祭広場」とすると、パリ以外の首都にもこの4つのセットがあり、東京でいえば、靖国神社、国会議事堂、皇居、皇居前広場がそれぞれに該当する、というのが磯崎さんの考え。

「これらは、それぞれの広場にある象徴的な建造物が中心となって形成されたのではないか。パリのコンコルド広場の真ん中には、エジプトのルクソール神殿から運んできたオベリスクがあります。北京の天安門広場には国旗掲揚台がある。皇居前広場にあるのは二重橋、ここは戦争中に昭和天皇が白馬で現れた場所です。この広場をひとつの『祝祭の場』として組み立てて、国内や世界に対して近代国家としての形が示されてきたのではないでしょうか」

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「皇居前広場」から、戦後の日本はスタートした。

この広場に、現代的なイベントとしての「祝祭」をどう考えてきたかが表れている。パリの「最高存在の祭典」やニュルンベルクでの「ナチ党大会」、北京での「APEC」などの大きなイベントをひも解きながら、北京の天安門広場と東京の皇居前広場ができあがった過程を話しました。

「中国の革命運動のはじまりは、『五四天安門事件』という学生運動の一種です。これを機に、天安門という存在がクローズアップされるようになったといわれています。かたや東京ではその頃、関東大震災が起こり、約30万人の被災者が広場に集まりました。日本が終戦を迎えた1945年には皇居前で人々がひざまずき、天安門では建国宣言が行われました。中国と日本、それぞれの戦後の始まりであり、広場の始まりだったのだと思います」

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その後も、天安門広場では1966年の文化大革命、1989年の六四天安門事件が、皇居前広場では1950年に第21回メーデー、1952年には「血のメーデー」が起こるなど、広場は歴史の舞台となりました。さらに、磯崎さんが注目したのは、1996年にアーティスト・宗冬が氷点下の天安門広場で行った、息を吐いて床を凍らせるパフォーマンスと、1990年に皇居と広場の境で行われた「大嘗祭」(天皇が即位の礼の後、初めて行う収穫祭)。

「天安門広場が持っている力とそれに対応するアーティストの考えや気分が対照的に見えていると思いました。『大嘗祭』が行われたのは皇居と広場の境目で、こういう場所はアーティストが密かに潜り込んでいる。いずれにせよ、私たちの具体的な生活の中では中心広場こそが『首都』である例だと思います。そこで、この皇居前広場で、政治イベントでもなければ、経済的な催しでもなく、文化として、『祝祭』としてイベントを組み立てる方法はないだろうか。その構想に、『プラットフォーム2020』という名前をつけたというわけです」

妹島和代さんと名和晃平さんが語る「プラットフォーム2020」の姿

  • 磯崎 新

    建築家/1931年、大分市生まれ。1963年に磯崎新アトリエを設立。以来、国際的建築家として活躍。世界各地で建築展、美術展を開催し、また多くの国際的なコンペの審査委員、シンポジウムの議長などを務める。カリフォルニア大学、ハーヴァード大学、イェール大学、コロンビア大学などで客員教授を歴任。 建築のみならず、思想、美術、デザイン、文化論、批評など多岐にわたる領域で活躍。/撮影:木奥惠三

  • 妹島 和世

    建築家/1956年、茨城県生まれ。日本女子大学大学院修了。1987年に妹島和世建築設計事務所を設立。95年西沢立衛氏とSANAAを設立。2010年第12回ベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。金沢21世紀美術館、ROLEXラーニングセンター、ルーヴル・ランスなど数多くの建築を手掛ける。 プリツカー賞、ショック賞、ベネチア建築ビエンナーレ展示部門金獅子賞など、 国内外で受賞歴多数。/Photo : Aiko Suzuki

  • 名和 晃平

    彫刻家・SANDWICHディレクター・京都造形芸術大学准教授/1975年生まれ。独自の「PixCell」という概念を基軸に、作品を構成する要素や質感を追求した作品を展開する。2009年より京都・伏見区に創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」を立ち上げ、様々なプロジェクトに携わる2011年には東京都現代美術館で個展を開催。2013年には瀬戸内国際芸術祭やあいちトリエンナーレへ参加。また、韓国・チョナン市に巨大な屋外彫刻“Manifold”を設置するなど、国内外で精力的に活動する。/Photo : Nobutada OMOTE|SANDWICH

  • 浅田 彰

    批評家・京都造形芸術大学教授/1957年、兵庫県神戸市生まれ。京都大学経済学部卒業。 京都大学人文科学研究所・助手、京都大学経済研究所・准教授を経て、現在、京都造形芸術大学教授。1983年、『構造と力』(勁草書房)を発表し、翌年の『逃走論』(筑摩書房)で 提示した「スキゾ/パラノ」の パラダイムとともに、「浅田彰現象」とも呼ばれる「ニューアカデミズム・ブーム」を生む。 その後、哲学・思想史のみならず、美術、建築、音楽、舞踊、映画、文学ほか多種多様な分野において批評活動を展開。