第17回「日本のアートの価値を高めるのに、いま必要なこと」

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いま必要なのは、アートの「インフラ」を確立すること

最後に登壇したのは、長年オークションに携わってきた石坂泰章さん。その内情とともに、これからアートマーケットが拡大していくために必要なことをさまざまな側面から語りました。いわく、日本の美術の国際的な地位を高めるにはまず「ルール」の確立が必要で、海外ではさまざまな決まりごとが明確に定められており、安心して取引できる環境が整っているのだそうです。

「私は常々、アートインフラの確立が必要だと言っています。たとえば日本では、作品の価格の決め方があいまいで、“有識者”が決めることが多い。極端に言えば、骨董店の店主がアンディ・ウォーホルの作品を査定してもいいわけです。最近は寄付税制の議論もよくありますが、こんなあいまいなルールの元で導入すれば、いろんな事件が起こってしまうでしょう」

日本とは異なり、寄付税制が発達しているアメリカでは、そのジャンルに精通している専門家が、他作品との比較や金額の根拠を明記して査定する仕組みができているそう。さらに作品の真贋を判定する「鑑定」においても、日本と海外では差があると言います。

「オークション会社は、金額の査定はしても鑑定はしません。鑑定は外部の機関が行いますが、日本では画商が加わって行われます。実はこれが海外では通用しないんです。国際的には作家の遺族や研究者で委員会が構成されて鑑定しますから、日本のシステムでは国際的なマーケットを確立しようとするときに障害になる面があるということです」

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また、現在は日本の美術を海外に普及させようとする動きが盛んですが、海外の美術館で日本の作品を展示する際には、国が補助金を出す方法も有効ではないかと言います。

「たとえばアンディ・ウォーホル展って、世界中を回っていますよね。たとえばカザフスタンでも開催されている。これは、実はアメリカの国務省が支援しているんです。日本もそういう支援をしていないわけではありませんが、美術というより、マンガやアニメだけに偏ってしまっている。日本にはマンガ以外にも素晴らしい文化がありますから、支援の幅を広くするということも必要なのではないでしょうか」

そして、日本のアーティストが世界に飛躍するためには画廊の変革も必要だと言います。日本の画廊は、作家の新作を売る「プライマリー」と、すでに流通している作品を取り扱う「セカンダリー」とに分かれていますが、そもそもその区別をしなくていいのではないかというのが、石坂さんの意見。

「たとえばニューヨークの『ペース・ギャラリー』は、ホイットニー美術館やMOMAを上回る5000坪という展示面積があります。こういったメガギャラリーや、ある分野に特化したギャラリーが市場を席巻しているという事態が起こっているんです。経営的に苦しいのは中堅です。美術の世界は圧倒的に作品不足なので、売るものを確保できない。どれだけいい展覧会をしていても、残念ながら閉めてしまうという画廊をここ数年間見てきました。ギャラリーがプライマリーもセカンダリーも扱って、買い手をコレクターとして育てていかなければ、成り立たないのではないでしょうか」

パリの美術館を訪れる人数はディズニーランドの動員数に匹敵し、ルーブル美術館だけでも年間1000万人が来場。世界的に見るとアートの影響力は非常に大きい一方、日本では、もっとも来場者数が多いのは国立新美術館で230万人ほど。しかし、1日あたりの入場者数では、世界トップ10に毎年2〜3の展覧会が入っているのだそうです。

「やっぱり日本人は美術が好きなんです。それをどうやって『買い』に結びつけるか。そこが問われているのだと思います」

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日本に、本当のコレクターを増やしていくために

「椿さんがおっしゃっていたのは、説明責任をとれるアーティストをつくることではじめてグローバルな仕組みの中に入っていけるということ。石坂さんの話は、法律にしろギャラリーの在り方にしろ、インフラが整わない限りはうまくいかないだろうということですよね。いずれも、根本はただ単にグローバルスタンダードがいいということではなく、グローバル標準をつくったうえで進めなければ話にならないということだと感じました。そこから進めて、日本の長い美術史の中に現代のアートが位置づけられれば、非常に価値が高まるということではないでしょうか」

講演のあとは3名のクロストークの時間。まずは御立さんが三者の話をこうまとめました。そのうえで御立さんが口にしたのは「コレクターを増やしていくにはどうすればいいのか」という疑問。この問いに対する椿さんの答えは「売れるまでは低価格でやっていく」というもの。

「一番怖いのは“塩漬け”なんです。若い頃に売れても、30代、40代で、突然売れなくなって消えていった作家は山ほどいます。それを避けるには、アーティストはいくら売れたとしても奢らずに野菜と同じような安定価格で作品を供給し続ける。それによって生まれた健康な内需を数十年は維持し団塊化する。具体やモノ派のようにある時代にベンチマークとなるような作品群を内需で生成できれば、それを歴史は評価し始めます。ご存知のようにある日突然シーンは動きはじめるわけです。大学ではコンテンポラリーアートギャラリーのディーラーを招いて『国際価格設定講座』という授業をやっていますが、そこでもセカンダリー市場が生まれるまでは、絶対に安定価格を維持せよと口を酸っぱくして言っています」

さらに、椿さんは学生に、いいものを数多くつくるよう伝えているそう。というのも、作品が少なければ作家として確立されないから。誰もが見てわかるようになるまで、クオリティの高い作品を徹底して低価格で供給するべきだと話しているのだそうです。この椿さんの話に付け加えて、石坂さんは、オークションで作品が売れるようになるまでの流れと、コレクターの現状を教えてくれました。

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「椿さんのおっしゃるように、一定期間、価格を低く抑えるのがいい画廊です。どういうことかというと、学芸員の判断で買える値段の作品は美術館のコレクションに入りやすいし、転売されることもありませんから。そこから一般の人にも知られていって、オークションで売れるようになるんです。我々オークション会社は常に出品する作品を探していますが、そういう意味では日本は非常に大きなマーケット。そして日本でも若手のコレクターが増えてきていて、古参も戻ってきています。ただ、買いを活発にするもっとも簡単な方法は日本画・洋画というマーケットを復活させることですが、そこで非常に価格が下がって損をして、次の動きが取れないという方が多くいらっしゃいますね」

「だからこそ、たくさんあるストックを動かすことも必要」と話すのは、御立さん。経済のサイクルが落ち込むであろうときに備えて、今から対策を仕込んでおくべきではないかと言います。

「2020年には東京オリンピック・パラリンピック、2025年には大阪万博がありますが、世界的な経済のサイクルもまた下がりますから、そういうときにストックが動きやすくなる税制度などを今から仕込んでおくべきという議論がようやく聞こえてきました。これはアート界の人だけではなく、国民全体が得をすることだという論理も必要だと思うんです。おふたりの話と合わせて、そんな流れをつくっていくことも非常に大事なのではないかと思いました」

そして最後は、椿さんのこんな言葉で締めくくられました。それは「アートを買う」という行為の本質に関わる話。

「サンディエゴで個展をやったときに大富豪の家に招かれたんですが、灰皿がジャコメッティやったりするわけですよ。その富豪の奥さんが『これ、鴨川で拾った石』と言って、ジャコメッティと石を並べるんですね。それでいいし、むしろそれこそが本当のコレクターですよね。アートはファンタジーだと言われればそれまでです。でも、ホワイトキューブで高価な作品を鑑賞するのではなく、平場に並べたときにピュアな気持ちで『あ、これいいな』と思う、高いとか安いとか金銭的ではない価値を生むもの。それがコレクションだと僕は思っています」

 

  • 御立 尚資

    ボストン コンサルティング グループ(BCG)日本代表・グローバル経営会議メンバーなどを歴任、京都大学・早稲田大学客員教授、大原美術館理事

  • 椿 昇

    瀬戸内国際芸術祭 2013・2016「小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」ディレクター、青森トリエンナーレ 2017 ディレクター、ARTOTHÈQUE(アルトテック)ディレクター、ARTISTS’ FAIR KYOTO ディレクター、京都造形芸術大学美術工芸学科長

  • 石坂 泰章

    三菱商事勤務やギャラリー経営を経て、2005~2014 年、サザビーズジャパンの代表取締役社長。退任後、アートアドバイザリー会社を設立、複数の国内私立美術館・アート財団等のアドバイザーも兼任。2018 年 9 月よりサザビーズに復帰し、代表取締役会長兼社長に就任。