第19回:アート×ビジネス 持続可能な社会のために

長期ビジョン達成には、目先の業績とは異なる評価軸が必要

ここからは小山さんが田中、藤本両氏に問いを投げかける形でのクロストーク。まずはJINSでのアートプロジェクトについて、アートには詳しくなかったという田中さんが藤本さんの提案をどう受け止めたのか、という質問です。

「新しいものを生み出すという意味では、我が社もイノベーション企業でありたいと考えて様々な製品を開発しており、その点では近しさもあるととらえています。また、ブランドを継続的に高めていく上では、アートとの関わりは必要不可欠ではと直感していました。そこで、私のとってアートのメンター(師)と言える藤本さんのアドバイスを受けながら、各プロジェクトを進めてきました」

登壇者3名 (3)

先ほど話題となったJINS渋谷店は、都心の一等地におけるワンフロア、約30坪をアート展示のために割いています。売場に活用した方が利益は上がるかもしれず、またアート展示の予算をCMや販促策に回す方が、ビジネス視点からは効果的かもしれません。こうしたバランスはどう考えているのでしょうか?

「確かに、ブランドの認知度や売上など、一般的なKPIを担うスタッフの意見はそうしたものです。ただ、それだけをやっていると長期的なブランドは育たないと思うのです。アートと関わる取り組みは費用対効果が見えにくいですが、それは、やはり私たちが重視する製品開発でも同様です。すぐには儲からなくても投資していかないと、会社は長期的には伸びない。これはJINSがわずか18年でメガネの販売本数、売上、利益とも日本一となり、海外からも注目されるようになったこととも関係があると思います」

JINSでは、ユーザーの健康状態などを記録・視覚化するメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」のような製品開発にも挑戦。さらに、これを用いたサードパーティの開発もあり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者が目の動きだけでDJ/VJとしてプレイできるアプリが登場するなど、広がりを見せています。なお同社が日本一に躍進したのは「約10年前に企業のビジョンを明確にしたことが大きい」と田中さん。同社のビジョン「Magnify Life」は、「あたらしい、あたりまえ」を創り、まだ見ぬ世界を拓いていくことだと定義されています。

登壇者3名② (2)

「異質な世界と触れ合うこと」から始まる可能性

会の終盤には、参加者との質疑応答も行われました。たとえば、宅配便運営企業にお勤めだという方からの「製造業ではなくサービス業でも、アートと関わることでの可能性はあるでしょうか」という質問。

藤本さんは「業種に依らず、企業の思想というのは、あるのではないでしょうか。特に、超一流を目指す企業においては、それぞれ形は違っても、社会貢献や芸術文化との関わりが必ず織り込まれていると感じます。そこも視野に入れた活動を目指して頂けたら素晴らしいと思います」と応答。この言葉を引き取りつつ、田中さんはこう回答しました。

「アートを取り入れるだけで業績が良くなる、といった過度な期待はしてはいけない気がします。でも、私自身の体験からお伝えできるのは、まずはそれらに触れて、いわば自分と異質な世界と触れ合うことが重要ではということです。宅配ドライバーの方々が『うちの会社、こんなことにお金使いやがって』と思いつつもアートに触れるとき、それをきっかけに何かが変わることもあるのでは。たとえばですが、トラックの外装をアート作品化するプロジェクトなどもあり得るかもしれません。私としてはアートとビジネスの関係におけるそうした広い可能性について、勝手ながら期待しています」

なお、田中さんのこうした「期待」はビジネスにとどまらず、出身地・群馬県前橋市の地域活性化のための活動にもつながっています。2014年に設立した「田中仁財団」では、起業家支援に加え、アーティストらと共に前橋市中心街の活性化に取り込んでいます。

「今年10月には、創業から300年続いた老舗旅館を生まれ変わらせた『白井屋ホテル』がオープンします。建物のリノベーションと新棟の設計は藤本壮介さんが行うほか、この活動に共感してくれたデザイナーのジャスパー・モリソンらがスペシャルルームをデザインし、アーティストのレアンドロ・エルリッヒは共有空間にアートワークを創出します。このプロジェクトの他にも、起業家たちの力を集め、デザインやアート、デジタル、ITで街を変えようという取り組みを進めていく予定です」

組織としての確固たるビジョンを持ちつつ、その実現のためには変化を恐れないこと。またその際、必ずしも直接ではないにせよ、アートの持つ多様な価値観や創造力が長期的に寄与し得るということ。田中さんをはじめとして、小山さんや藤本さんが出会ってきた優れた企業経営陣に共通するのは、そうした本質的な視点ではないでしょうか。会場の階下で始まった現代アート展の活気を感じつつ、そのような実感を得た今回のCVMでした。

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Text by Shinichi Uchida

  • 田中 仁(たなか・ひとし)

    株式会社ジンズホールディングス代表取締役 CEO。一般財団法人田中仁財団代表理事。
    1963 年群馬県生まれ。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。1988 年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス) を設立し、2001 年アイウエア事業「JINS」を開始。2013 年東京証券取引所第一部に上場。2014 年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。

  • 藤本幸三(ふじもと・こうぞう)

    アーティスティック・ダイレクター
    1954 年大阪府生まれ。2001 年 3 月エルメスジャポン株式会社コミュニケーション担当執行役員就任。2013 年5 月株式会社アニエスべーサンライズ代表取締役社長就任。2016 年 8 月株式会社ジンズホールディングス・コーポレートアドバイザーに就任、現在に至る。

  • 小山登美夫(こやま・とみお)

    小山登美夫ギャラリー代表、日本現代美術商協会(CADAN)代表理事
    1963 年生まれ。ギャラリー勤務を経て 1996 年に小山登美夫ギャラリーを設立。奈良美智、村上隆といった今では日本を代表するアーティストやトム・サックス、ライアン・マッギンレーなど国外の同世代のアーティストの展覧会を開催してきた。また、国外のアートフェアで積極的に日本のアーティストを紹介してきた一方、アートアワードトーキョー丸の内(三菱地所協賛)の審査員、ADK 本社エントランスでのアートプロジェクトやモンブラン銀座本店での新進アーティスト支援プロジェクトのアドバイザーを務めるなど、日本のアートシーンの活性化に努めてきた。著書に『現代アートビジネス』(アスキー新書)、『この絵、いくら?』(講談社)など、アートを広く紹介する著書多数。