イベントレポート 【CVJ×新経済連盟】挑戦しつづける力 -アナザーエナジー展 世界の女性アーティスト16人から考える-

ダイバーシティ推進の具体的な一歩は何か

片岡
お二人にさらにお話を伺っていきたいと思います。小林さんが34歳で学校を始められたのはすごい行動力ですね。立ち上げた時はどんな心境でしたか。

小林
「よし、学校を始めよう!」と決意を固めたのが2008年8月。頼りにしていた出資者の資金20億円が、3週間後にリーマン・ショックが起こりまして、200万円になってしまいます。「えー! 私はいくつゼロを数え間違えたんでしょうか!」という衝撃的なスタートでした。
そこから、お一人お二人の大きな財産ではなくて、「沢山の人で作る学校」という方針に変えました。100人のファウンダーの方々と一緒に、さらにその方々がもっともっと沢山の方を連れてきてくださるというような、もはや学校づくりというよりはムーブメントだ、と私たちは言っているんですけど、そんな風にして学校を立ち上げました。

片岡
100人のファウンダーからまた広がっていくというのは素晴らしいですね。

小林
でも100人のファウンダーに出会うために、4000人位お会いしたんですよ(笑)。

片岡
日本の教育に対する問題意識についてもお聞かせいただけますか。

小林
おそらく日本の教育で足りていないものと、私たちが今学校で大切にしていることとは表裏一体なのかと思います。私たちは三つ、大切にしている力があります。ひとつは今日のテーマでもある「多様性を活かす力」。二つめに「問いを立てる力」。降ってくる問題を上手く速く解く時代はもう終わってしまった。次に解くべき問題は何なのかを自ら問える人がこれからは必要です。三つめには「困難に挑む力」。新しいことを生み出すのに困難はつきものですよね。学校は子どもたちが失敗しないよう守ってしまう傾向があります。しかし生徒たちが怪我をしない範囲で自分のコンフォートゾーンを飛び出していく背中を押す教育をしたいと思っています。

片岡
原田さんの組織の在り方も非常に興味深いと思っていました。最近もコロナ禍の対応としてフルリモートでパキスタンの方を雇用されたそうですね。いまアート界・美術館界でも少しずつ同じようなことが起こっています。こちらが色々な国を飛び回ることはできなくなったけれど、世界各地の地域別の専門家にキュレーションの一部を依頼して連携するようになりました。コロナがもたらしてくれた面白い状況と感じています。
さて「ダイバーシティが重要である」ことは日本の社会にも浸透しつつあると思いますが、企業が自発的に行うこととして、具体的に何をやればいいと思われますか。

原田
実は私たちもダイバーシティ推進をはじめたのは最近です。なかなか人材が集まらないなか外国人を視野に入れて採用したら、結果的に彼らはすごく日本が大好きで熱心に働いてくれることに驚きました。注目したいのはそのマインドで、上に行くのが当然という向上心があり、失敗しても前向きなんですね。そういう力は、採用しようと思ってもなかなか面接からは見えにくいところです。ですから、まず表層的なダイバーシティを取り入れること、そしてその人たちの深層的な個性を組織の力にする段階があるのだと実感しています。

小林
「ダイバーシティが大事です」と言うのは簡単なんですが、入口の採用の段階で本当にダイバーシティの人を採ってますか?っていうところですよね。国内の人材にしても「この人面倒くさそうだな」みたいな人をあえて採りにいっているかどうか。そしてその人たちがきちんと評価されていくこと。ぶっ飛んだことやって失敗しても「良いチャレンジだったね」と評価していく。この一貫性が組織のダイバーシティへの取り組みには大事かと思っています。
また自分のやっている小さなことなのですが、例えば1時間の会議があったら最後の5分は必ずその会議で一言も喋らなかった人に話してもらいます。このクワイエットボイスが面白いんです。普段は話さない人が与えてくれる視座を会議の席のみんなが発見し、自然に自分とは違う意見にも耳を傾けていく組織づくりにつながっていくと思って実践しています。

 

それぞれのアナザーエナジー

片岡
さらにテーマを進めて、「異文化との出会い」についてお聞きします。私自身は現代アートが世界の共通言語になっていると思っていて、今回の「アナザーエナジー展」もアーティストの出身国は14ヵ国ですが、現代アートのプラットフォームを使って世界各地の色々な個人の人生に出会ってもらいたいと思っています。お二人は日本の若い人たちに、異文化との出会うオススメの方法はありますか。

小林
最近はオンラインでも沢山海外の人と触れ合ったりする機会がありますし、私たちもISAKx(アイザックエックス)という、世界の若者たちが集まり異文化交流を行うオンラインプログラムを週末に開催しています。テクノロジーの進化によって色々な形で海外と触れる機会が生まれつつありますね。

原田
私の講演を聴いた大学生が「体験させてください」と、インターン的に会社に来てくださることがあります。初めて働くことを通じて学生とは全然違うタイプの人と触れ合う機会がありますし、私たちにも刺激があります。日本国内でも違う世代とかコミュニティに参加することでも幅が広がるのではないかなと思います。

片岡
そうですね、東京の中でも色々な文化ゾーンが実は細かくあります。色々なところに行ってみてそこの街の歴史を学ぶことでも少しずつ広がっていくのかなと思います。
つぎが最後のトピックです。「アナザーエナジー展」の参加アーティストたちは皆、50年以上のキャリアを重ねてきて、そのときどきのアートの大きな潮流に迎合せず、例えばフィリダ・バーロウは大学で教えていた卒業生がヤングブリティッシュアーティストとして世界的に有名になっていくなかでも、自分のやることを変えなかったんです。そういう自分の選む道に対する信念が共通してあると思っています。
お二人ともそのようなアナザーエナジーをお持ちだと推察するのですが、「ずっと挑戦し続けたいこと」はどんなことですか?

原田
今チャレンジしたいと思っているのは「日本初のグローバルサービスをつくる」ことです。ビジネスの世界で日本人としてこんなことを成し遂げたという実績を残したい気持ちが原動力であり、一生チャレンジしていきたいことです。

片岡
日本の中だけにいると、自分が日本人であることを意識しないんですけど、原田さんのように海外で暮らした経験のある人は誰もが自分のアイデンティティについて自覚的にならざるを得ない経験をしますから、日本が外からどう見えているのか、日本を客観的に見る視点に繋がりますよね。
小林さんはいかがですか?

小林
私は先程の「問いを立てる力」が永遠のテーマなんです。実は34歳までに5つの職業を転々として、今ようやく10年以上続く仕事が見つかったんですけど、自分は何をしたいのか、という「内向きの問い」に対しては、教育が軸であることはもう揺るぎません。その中でもアントレプレナーシップのなかで0から1を作っていきたいし、日本と世界の架け橋をつくりたい。それが内向きの問いの答えだとすると、そういう私に対して社会は何を問うてくるのかの「外向きの問い」も考えています。社会は私に何を任せてくれるのか、何を託してくれるのか。問いに耳を澄ませながら、10年おきくらいに自分の内向きの問いと外向きの問いの答えがどこで一致するのかを模索しています。たぶんその重なるところに天命が降ってくる気がしていて、繰り返し問いながらキャリアを歩んでいきたいと思います。

片岡
問いを立てること、0から1を作ることは本当に難しいんですよね。特にコロナ禍のような、誰も先が見えない時代にこそ色々なアイデアを出し合ってチャレンジしていかざるを得ないと思いますが、原田さんもこれまでの経歴のなかでおっしゃっていたように、一人でできることは限られていますね。
私はいつもクリエイティビティやアイデアにはヒエラルキーがないと考えていて、そのようにスタッフにも言っています。組織のなかのヒエラルキーは意志決定のリーダーシップという意味では求められると思うんですけど、一方では、誰もが良いアイデアがあったらそれを声にして欲しい。その声を集めた時になんと面白いことができるんだ!という体験を、何度もしています。
「アナザーエナジー展」はこれまで圧倒的に優位だった欧米の白人男性アーティストの構成する世界で見えなかった層、隠されていた部分に光を当てる展覧会です。非欧米圏の多様な地域、女性やLGBTQなどの多様なジェンダー、そして先住民などのアートにも注目が集まり、結果としてアートの隠されていた世界がいま急速に可視化され、いわば美術史が書き換えられつつあります。もはやアートの全貌を誰も把握できなくなっている。そんな時代に、どのように世界のありようをひとつの展覧会に投影するかと考えた時に、個人ではなく複数の目を集めて、協働してひとつのストーリーを作るダイナミズムが必要になっています。お二人の考え方に共感をしますし、私も自分についてもう一度批評的な目で見つめながら、0から1を生み出せる新しい世代を育んでいきたい気持ちです。

 

Text by Yoichiro Takemi

 
 
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展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館より
フィリダ・バーロウ《アンダーカバー2》2020年
Courtesy: Hauser & Wirth
撮影:古川裕也
画像提供:森美術館

 

●展覧会概要
挑戦しつづける力 -アナザーエナジー展 世界の女性アーティスト16人から考える-
「アナザーエナジー展」は、今なお世界各地で挑戦を続ける70代以上の女性アーティスト16名に注目し、その活動に光を当てます。絵画、映像、彫刻、大規模インスタレーションにパフォーマンスなどの多彩で力強い作品約130点を通して、彼女たちを突き動かす特別な力、「アナザーエナジー」とは何かを考えます。

企画
片岡真実(森美術館館長)
マーティン・ゲルマン(インディペンデント・キュレーター)

会期
2021.4.22(木)~ 9.26(日)
会期中無休

開館時間
10:00~20:00(最終入館 19:30)
※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30)
※当面、時間を短縮して営業いたします。

会場
森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階) https://www.mori.art.museum/jp/index.html

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  • 片岡 真実

    森美術館 館長
    https://www.mori.art.museum/
    ニッセイ基礎研究所都市開発部研究員、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、2003年より森美術館。2020年より現職。2007~2009年はヘイワード・ギャラリー(ロンドン)にて、インターナショナル・キュレーターを兼務。第9回光州ビエンナーレ(2012年)共同芸術監督、第21回シドニー・ビエンナーレ(2018年)芸術監督、国際芸術祭「あいち2022」芸術監督。2014年からCIMAM(国際美術館会議)理事を務め、2020年より会長(~2022年)。ICOM(国際博物館会議)日本委員会理事、全国美術館会議理事、文化庁アートプラットフォーム事業・日本現代アート委員会座長、第8期東京芸術文化評議員、AICA(美術評論家連盟)会員。京都芸術大学大学院客員教授、東京藝術大学客員教授。その他、日本及びアジアの現代アートを中心に執筆・講演等多数。
    /写真:伊藤彰紀

  • 小林 りん

    学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン 代表理事
    https://uwcisak.jp/
    経団連から全額奨学金をうけて、カナダの全寮制高校に留学中、メキシコで圧倒的な貧困を目の当たりにする。その原体験から、大学では開発経済を学び、UNICEFプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在。ストリートチルドレンの非公式教育に携わるうち、リーダーシップ教育の必要性を痛感する。帰国後、6年の準備期間を経て、2014年に軽井沢で全寮制国際高校を開校。2017年には世界で17校目となるユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)へ加盟し、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパンへ改名。同校は80カ国以上から集まる生徒の7割に奨学金を給付している。1998年東京大学経済学部卒。2005年スタンフォード大学教育学部修士課程修了。12年世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」選出。19年Ernst& Young「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2019ジャパン 大賞」受賞。

  • 原田 典子

    AI CROSS株式会社 代表取締役社長
    https://aicross.co.jp/overview/
    1974年、福岡県生まれ。幼少期をドイツで過ごした経験から大学卒業後はドイツ系ソフトウェア企業へ入社。テクニカルコンサルタントとして働いた後、システム開発ベンチャー企業へ転職。同社アメリカ法人設立のために2000年に渡米し、シアトル、サンノゼ、ニューヨークなどで10年ほどアメリカのネットビジネス、ITトレンドの調査及び提携・アライアンス業務などに幅広く携わる。出産を機に帰国し、2015年3月、同事業部を子会社化して代表取締役に就任。2019年10月には東証マザーズ上場、1%しかいないと言われる上場企業女性社⾧に。また役員男女比率は50%を超え、日本で2番目に女性比率の高い組織にも昨年ランクインされた。労働環境のスマート化やダイバーシティ推進の加速化にも積極的に取り組む。