第19回:アート×ビジネス 持続可能な社会のために

近年、アートが企業活動に多様な形で関わる事例が増えています。根底には、消費されない価値を求めるビジネス界の意向、さらに言えば持続可能な社会へのヒントを求める動きがあると思われます。そこで第19回のCVMでは、アイウエアブランド「JINS」でアーティストらとユニークな協働を行うジンズホールディングス社の田中仁代表取締役CEOと、アーティスティック・ディレクターであり同社のコーポレートアドバイザーを務める藤本幸三氏、そして日本を代表する現代美術ギャラリー、小山登美夫ギャラリーの小山氏をお迎えしました。お三方のお話を通じて、一過性のブームとは異なる、本質的なアート×ビジネスの可能性を探ります。

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寺田倉庫B&C HALLで開催された第19回CVM

アートとビジネス、その価値観が交差する場

今回のCVMは、日本現代美術商協会(CADAN)の主催するアート展「CADAN:現代美術」との共同企画。2月14日(金)当日、会場の寺田倉庫B&C HALL(東京都品川区)には最新アートが並び、いつにも増して活気あふれる中での開催となりました。

前半は登壇ゲスト3名から、各位の「アート×ビジネス」をめぐる取り組み紹介がありました。まずはこの日のモデレーターも務めて頂いた、小山登美夫氏から。東京・六本木に拠点を置く小山登美夫ギャラリーは、アーティストの村上隆や奈良美智らを世界に紹介したことで知られ、以降も国内外の新たな才能を紹介し続けています。小山さんは日本現代美術商協会会長も務め、日本のアートシーン活性化に取り組んでいます。

「当ギャラリーで企業の方々と取り組んできた事例として、まず広告代理店の株式会社アサツー ディ・ケイとの『ADKアートギャラリー』プロジェクトをご紹介します。これは同社のエントランスホールにアートギャラリーを設け、アーティストが同社のコンセプト『The Power of Action』をテーマにした新作を展示する取り組み。2015年に開始後、ほぼ1年ごとに新たな作家を迎えて継続中です」

たとえばミラノを拠点にする廣瀬智央は、豆などの身近な存在から宇宙的な広がりを感じる彫刻作品を制作。富士山麓にアトリエを構える大野智史は、自然の根源的な美と、人間の衝動的なエネルギーをテーマに、光が集積するような大型絵画を展示。各々の表現が、オフィスに新たな刺激をもたらしています。

「広告制作の視点からみると、アートはある意味、生産的でも効率的でも無いとさえとらえ得る。でもだからこそ、異なる軸の価値観にふれることで、新たな可能性を開くのではという狙いが同社側にはあると伺っています」

小山登美夫氏 (3)  小山登美夫氏

小山さんは、ドイツ発・高級万年筆ブランドの日本法人による「モンブラン ヤングアーティスト パトロネージ イン ジャパン」でも作家選定に関わりました。これは日本在住の若手作家支援を目的に、2007年から約6年続いたプログラムです。本店が位置する銀座7丁目にちなみ、7人のアーティストによるコミッションワークを77日間展示するというユニークな試みでした。

「参加作家はモンブランの有名なマーク(通称「ホワイトスター」)をモチーフに新作をつくり、オリジナルの作品も加えて各2点を展示します。前者は全て、同社のコレクションになりました。こうした取り組みは、企業側にとっては異なる軸の価値観を取り入れる機会であり、アーティストが社会との接点として企業との協働を経験できる機会とも言えそうです」

ほか、全国の主要美術大学等の卒業終了制作展から新しい才能を発掘・紹介・顕彰する「アートアワードトーキョー丸の内」のお話も。これは三菱地所から、丸の内の地下通路を用いた「行幸地下ギャラリー」の活用法を相談された小山さんたちが発案し、同社協賛のもと10年以上続くアート展です。公共空間をフレッシュなアートに出会う場として活用する一方、若いアーティストが活躍の場を広げる契機にもなっています。

アートを通じた企業文化や価値観の発展

続いて株式会社ジンズホールディングスの田中仁・代表取締役CEOにマイクが渡ります。同社はアイウエアブランド「JINS」を2001年にスタートし、デザイン性の高さと豊富なラインナップが支持を得て成長。現在は日本国内に約400店舗を構え、中国や台湾、フィリピン、そしてアメリカにも進出しています。現代アート作品が旗艦店を彩る「JINS Art Project」でも知られますが、クリエイターとの協働の発端とは?

「最初のきっかけは、私自身が好きだった建築の世界です。2009年に、藤森照信さん、伊東豊雄さん、妹島和世さんら11人の建築家がデザインする眼鏡シリーズを発表しました。さらに、建築家に設計を依頼しての店舗づくりも多数行ってきました。石上純也さん設計の上海環球金融中心店は、脚のない最長12mの什器で構成(片側の壁のみで支え、宙に浮いているように見える)。同店デザインと一連の『JINS Design Project』が評価され、国際賞『THE DESIGN PRIZE 2019』ではApple Storeなどと共に小売カテゴリーにノミネートし、最高賞を頂きました」

田中仁氏 (4)  田中仁氏

ただ、アートについては素人だったという田中さん。そこから「JINS Art Project」などが始動したのは、隣に座る、同社コーポレートアドバイザーの藤本幸三さんとの出会いがきっかけでした。そこでここからは、藤本さんがお話を引き継ぎます。

藤本さんはまず、エルメスの5代目CEOを務めたジャンルイ・デュマ・エルメスの言葉「この館には芸術が必要です」を紹介。「人は空気なしでは生きていけない。エルメスにとって芸術は空気の様な存在であり、芸術がなければエルメスは死ぬ」というメッセージです。この思想を背景に、2001年に誕生した銀座メゾンエルメスは店舗空間に加えて小さな映画館「ル・ステュディオ」や、アートギャラリー「フォーラム」を併設。特に後者については、当時エルメスジャポン社のコミュニケーション担当執行役員だった藤本さんの働きかけがありました。

「多目的空間を想定したフォーラムの活かし方について、現代アートのギャラリーを提案したところ、最初は本社内で『エルメスに現代美術はそぐわない』と反対の声もありました。そこで私からは『美の価値観は常に変化します。エルメスには既に過去(歴史)と現代はあるが、未来の価値観を考える際、現代美術から示唆されるものがあるのではないか』と申し上げたところ、ではやってみようと実現した経緯があります」

こうして始まったフォーラムでの現代美術展は、国内外のアーティストを招き、銀座メゾンエルメスはまさに「芸術で満たされる館(メゾン)」となりました。そして現在、藤本さんはジンズホールディングスのコーポレートアドバイザーとして、やはりアートを通じた企業文化や価値観の発展に取り組んでいます。

藤本幸三氏 (5)  藤本幸三氏

まず紹介されたのは、JINS渋谷店。建築家・藤本壮介設計によるこの旗艦店では、2階に多様な活動スペースを設け、アーティストやデザイナーを招いた展示やイベントを開催しています。たとえば、「見ること」をテーマにした現代芸術活動チーム「目」で活躍中の荒神明香の個展など、アイウエアブランドとの接点を見出せるアートなどを紹介。新たな客層の呼び込みにも成功しています。

また「JINS Design Project」は、世界各地の著名デザイナーとのメガネづくりを通して、「メガネの定義を問い直し、再構築する」試みです。世界で最も注目を浴びるデザイナーであるジャスパー・モリソン、コンスタンティン・グルチッチ、ミケーレ・デルッキ、アルベルト・メダ、ロナン&エルワン・プールレックなど、様々なクリエイターと協働したアイテムが発売されています。実は、いずれもメガネのデザインは初めて。しかしそこから生まれたアイテムが国際的に高評価され、現在まで続いています。2019年にはニューヨーク近代美術館が運営するミュージアムショップ内に期間限定のポップアップストアを開設するなど、広がりを見せています。

「ブランディングという概念ではなく、本質を全うする姿勢こそがブランドと言われる領域となる」というのが藤本さんの持論。ゆえにJINSとアートが出会うことで、店舗等での展開だけでなく、約5000人の社員に新たな価値観の訴求ができないか、という考え方で各プロジェクトをサポートしているそうです。田中さんも「社員の大多数はまだ、これらのアートプロジェクトを社長の道楽と思っているかもしれない(苦笑)」としつつ、そこから従来にない動きが生まれることへの期待や、一流クリエイターと関わることで社内デザイナーの力量も確実に向上した実感などを語りました。

長期ビジョン達成には、目先の業績とは異なる評価軸が必要

  • 田中 仁(たなか・ひとし)

    株式会社ジンズホールディングス代表取締役 CEO。一般財団法人田中仁財団代表理事。
    1963 年群馬県生まれ。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。1988 年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス) を設立し、2001 年アイウエア事業「JINS」を開始。2013 年東京証券取引所第一部に上場。2014 年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。

  • 藤本幸三(ふじもと・こうぞう)

    アーティスティック・ダイレクター
    1954 年大阪府生まれ。2001 年 3 月エルメスジャポン株式会社コミュニケーション担当執行役員就任。2013 年5 月株式会社アニエスべーサンライズ代表取締役社長就任。2016 年 8 月株式会社ジンズホールディングス・コーポレートアドバイザーに就任、現在に至る。

  • 小山登美夫(こやま・とみお)

    小山登美夫ギャラリー代表、日本現代美術商協会(CADAN)代表理事
    1963 年生まれ。ギャラリー勤務を経て 1996 年に小山登美夫ギャラリーを設立。奈良美智、村上隆といった今では日本を代表するアーティストやトム・サックス、ライアン・マッギンレーなど国外の同世代のアーティストの展覧会を開催してきた。また、国外のアートフェアで積極的に日本のアーティストを紹介してきた一方、アートアワードトーキョー丸の内(三菱地所協賛)の審査員、ADK 本社エントランスでのアートプロジェクトやモンブラン銀座本店での新進アーティスト支援プロジェクトのアドバイザーを務めるなど、日本のアートシーンの活性化に努めてきた。著書に『現代アートビジネス』(アスキー新書)、『この絵、いくら?』(講談社)など、アートを広く紹介する著書多数。